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過去とも未来とも言うべきあの時代で、若き皇帝はその命を散らす前日に忠義の騎士に一つの命令を下していた。それは、何があっても絶対に皇帝唯一の騎士に掛けた呪いは解くな、という物だった。 死にたがりのその騎士は、たとえ英雄となった後でもその命を危険にさらし、誰かのために死のうとするかもしれないから。 優しい暴君は罪を犯した自らの騎士の名を道連れに地獄へと落ち、後に残る嘗て騎士であり友人だった名もなき男には人々に英雄として求められ、称賛される明るい未来を残した。英雄が必要無くなった時には、再び別の名で生きられるようにと全てを整えて。 罪を犯した者が消え、名を持たぬ象徴となり、その罪を償い、英雄が必要のない時が訪れたら、また人として幸せに生きてほしい。 それは皇帝が死の間際に、自らの体を剣で貫いた英雄に望んだ願いだった。 だが、この男はそうはならなかった。 ゼロは無。 自己がなく、全てを世界に捧げる存在。 だから自分を殺し、人であることを消し、英雄を演じた。 だが、人の心はそれに耐えられず、幾度も悲鳴を上げたのだ。 そして衝動的に、何度も。何度も。 だが、それはすべて阻まれた。 悪逆皇帝が残した”生きろ”という呪いの言葉で。 『生きろ!』 その声が耳に響いたから。 懐かしい声が引きとめるから。 だから生き続けた。 それが君の願いなら。 永遠に英雄を演じろと言うのであれば。 いつかこの身が朽ち、魂がCの世界へと戻り、再び再会したその時に、よくやったと、自慢に騎士だと言ってほしかったから。 だけど衝動は止まらない。 主であった彼女の仇だと責め、悪を演じ全ての罪を背負った彼の身をこの手で貫き殺したのは自分だと言うのに、失ってから初めて大切な人だったのだと気がついた。 この生き地獄から抜け出したいと叫ぶ自分がいた。 君の元に行きたいと泣く自分がいた。 君の願いを叶えたいと足掻く自分がいた。 衝動に任せた瞬間に聞こえる君の声に引き戻され、意識が戻り何度も絶望する。 そして、ゆっくりと時間を掛けてこの身の内にある自分が死んでいくのを感じていた。ゼロとは無。完全に自分の心が死んだ時、本当のゼロになれるのかもしれない。彼の望むゼロに。そのことに仄暗い喜びを感じていた。 かつて枢木スザクと名乗っていた騎士を知る者たちは、英雄の仮面の下にいる名もなき男の変化に気がついた。だが、誰も男を救う事は出来なかった。 そして、心を壊し、生きながらに死んでいる英雄が産まれたのだ。 「スザク、俺はお前にそんな生き方をして欲しくはなかった」 かつての若き皇帝は、その瞳に力強い光を宿し、ほんの僅かな期間の契約上とはいえ自らの騎士となった少年を見据えた。 この時代に戻ったことで、再び生きる力を取り戻した少年は、時折こうして死の空気を纏う。いつ死んでもおかしくはない危うい空気。ここでもし、敵が攻めてきたらその身を盾にし銃弾を受けかねないほど、その心は死に囚われていた。 「でも、君を殺した僕が、何万もの命をこの手で消してしまった僕が、幸せになるなんて出来なかった」 偽悪的に振舞うこの優しい賢帝の願いは知っていた。いや、周りから知らされたと言うべきか。人の解釈など様々だと一笑することもできたが、彼の残した物を見せられれば、彼の願いは明らかだった。 その事に幸福と絶望を感じた。 「君は酷い人だ。主を無くした騎士に幸せに”生きろ”なんて・・・不可能だよ」 暗い瞳を向けて話すスザクの手を取りルルーシュは目を伏せた。 「・・・すまなかった。俺は本当に最低な人間だな。誰かを守るどころか、追い詰めて傷つけることしかできない」 その言葉に、スザクは顔を上げた。感情が消えていたその顔に、表情が戻る。 自らを否定するルルーシュの姿に、死に囚われた心が死を拒絶し、息を吹き返す。 「そんなこと無い!」 「いや、そうなんだよ。俺は所詮世界のノイズ。世界を乱し、被害を大きくすることしかできないんだ」 あのまま侵略戦争が続いたとしても、億を超える人間が、軍人でもない一般人が死ぬなどという事はなかっただろう。ほんの短い間にそれだけの人が死んだ。その全ての罪は自分にある。 「違う!違うよ!君はっ」 「違わない。とはいえ所詮全ては過去。終わったことだ。いまさら何を言っても変わらない。だがスザク、お前は主を無くした騎士は幸せになれないと言ったな?」 「うん、そうだよ。幸せになどなれるはずがない」 いまだ陰りを見せるその瞳を、目の前にある紫紺の瞳へ向けた。 「だがスザク、今は違うだろう?お前の主はその名を穢すことなく今は生きている。違うか?それとも、今も死んでいるのか?」 伺うような視線で尋ねてくるルルーシュに、スザクは慌てて首を横に振った。 その瞳からようやく陰りが消える。 「生きてる。ちゃんと、生きてるよ!」 死んでいない、生きている。 首を横に振りながらスザクは力強く言った。 「騎士とは主を守るもの。主を守るために命を落とす事はあるだろう。だが、騎士が命を落とした後、主は本当に救われるのだろうか」 「え?」 「もし騎士が自分の命を盾に主を守ったとして、その後その主は無事に生きていられるのだろうか」 「それ、は」 もし敵の只中で騎士が死んだなら主も死ぬ。あるいは死ぬ以上の苦しみを味わう。主がその時安全な場所にいたとしても、その後も安全とは限らない。騎士が主を残して死ぬということは、主を見捨てるのと変わらない。 「主を失ったから幸せになれないとお前は言う。だが騎士を失った主は幸せなのだろうか」 「・・・」 「主を幸せにし、守り抜きたいと思うのなら、お前は死ぬな。・・・あとでお前にギアスを掛ける。あの時と同じものを。拒否は認めない。お前は”生きろ”」 「なあカレン。さっきのルルーシュの話は聞いていたな?」 「・・・何よ、さっきのって主と騎士の話?」 ぶう、と不貞腐れた顔でジュースを飲むカレンにC.C.は尋ねた。 当然しっかり聞いていた。 目の前であんな会話を聞かされたのだ。不貞腐れるなという方が無理だ。 「あの主は、誰のことだと思う?」 「ルルーシュでしょ?」 だから腹が立つんじゃないの!スザクばっかり!! ゼロを守るのは私なのにずるい! あの時代のスザクを知っているから一歩引いてはいるが、やはり彼の隣は自分なのにと思ってしまう。 「やはりそう思うか・・・」 カレンの返答にC.C.は眉を寄せた。 「何よ?」 「スザクも、ルルーシュが話した主は、ルルーシュだと考えたんじゃないか?と思ってな」 「当然じゃない」 即答された答えに、C.C.はますます困ったと言いたげに眉を寄せた。 「違う、間違っているぞカレン。ルルーシュの言った主はユーフェミアの事だ。ルルーシュの中でスザクの主はユーフェミア唯一人。あいつは再三言っているだろう、スザクは自分の騎士では無いと」 「・・・あ!」 お前の主はその名を穢すことなく今は生きている。 それはルルーシュだけではない。ユーフェミアもだ。 虐殺皇女と悪逆皇帝。 スザクの主は二人ともその名を汚し、ゼロの手でその命を散らした。 カレンは何度も元皇帝と元騎士が主従関係に関して言い争う姿は見ていた。だが、あの話の主と騎士はルルーシュとスザクだと、そう思っていたのだ。 「私、勘違いしてたわ」 慈愛の姫と、若き賢帝と称賛された二人は突如豹変し、笑いながら人を殺せと命じた。 そしてその名を汚し、悪の象徴となり、演台の上でゼロに殺される。 まるであの日のユーフェミアをなぞるような皇帝ルルーシュの行動。 だから混同しても仕方がないのだが。 「いや、私も一瞬そう思ったし、カレンもそう思ったならスザクもそう思っているはずだ。スザクは言っていただろう、ルルーシュの唯一の騎士は自分だと」 「・・・あ」 スザクの中で今の主はルルーシュ。 ルルーシュの中ではユーフェミア。 二人の認識には食い違いがあるのだ。 「ルルーシュは、自分を幸せにしたいなら生きろなんて、遠まわしにも言わないさ。あいつほど自分の幸せに無頓着な者は居ないからな。あいつの基準はあくまでも妹だ。ユーフェミアの幸せのために生きろと言ったんだよ」 でなければ、ナナリーの幸せのためにといっただろう。 「・・・絶対、勘違いしてると思う」 スザク、すごく喜んでいたもの。 「まあ、それであの二重人格騎士が落ち着くならそれもいいが・・・後々の事を考えると、訂正するべきなのか迷うな」 歩けない私の魔王を守る剣は欲しいし。 「今はとりあえずいいんじゃない?せめてブリタニア退けるまでとか」 ゼロを守る剣は私だけで十分だけど。 「「・・・」」 戦争は間もなく始まる。 あの戦術は惜しい。 とりあえずは保留にしよう。 そう結論を出し、二人は自らの主の元へ移動した。 |